書評

「ネットがテレビを飲み込む日」を読んで

ネットがテレビを飲み込む日―Sinking of TV
HDDレコーダーやYouTubeなどを使っていると、いつも「今のテレビというものはいつまで今のままなのか?」という素朴な疑問を持つ。テレビ局のビジネスモデルについては、前に「テレビCMの広告モデルは大丈夫なのか?」で書いた通りだ。

この本では、「なんでブロードバンドが普及した今になってもネットでテレビがみれないのか?」という素朴な疑問に対して、技術面、通信業界と放送業界の違い、著作権といった切り口で分析している。この本を読んではじめて知ったのが、テレビやラジオでアーティストの音楽を放送する場合は事前に許可を取る必要なく必要に応じてばんばん放送すればいいのに対して、ネット配信などのその他のメディアはいちいち関係者に許可を取る必要があるということだ。前に、「GyaOを見て思ったテレビの広告モデル」で無料動画GyaOのコンテンツがいまいちぱっとしないと書いたが、その原因がよく分かった。つまり今のテレビ局をとりまく現状は、次の通りである。

  1. 電波という有限の資源に対する既得権益により新規参入は事実上不可能
  2. テレビCMの強大な効果と莫大な広告収入
  3. 番組制作は放送局主体で下請けのプロダクションが作り放送以外には使われない

さて、ネット配信によりこの分野に新規参入する場合、1の問題はインターネットという無限のリソースを使うので当然クリアできる。2の問題も視聴者にあわせたきめ細かいCMにするなり、そもそも有料放送にするというビジネスモデルも選択肢にあるのでなんとかなる。が、いかんともしがたいのが3の問題である。私は常々、ネット配信の会社は放送局の下請けのプロダクションから直接コンテンツを買えばいいのにと思っていたのだが、これは出来ないのだ。なぜならテレビで放送される場合に限って著作権処理(著作権を保有している人の許諾を得ること)が不要な一方、テレビ以外で放送する場合は著作権処理が必要になるからだ。つまりテレビ番組は制作から放送まで垂直統合された小さな系の中で循環するのみで、これが日本にコンテンツ市場が育っていない原因となっているそうだ。

だとすればネット配信会社はどうやってコンテンツを調達すればいいのだろうか?ひとつは自分で作るというシンプルな解決策がある。この方法が成功する可能性として、皮肉なことにライバルのテレビ業界が参考になる。私が生まれる前の話なので実感は湧かないが、テレビが普及する前は映画の黄金時代だったそうだ。そしてテレビが普及し始めて映画の脅威になり始めると、映画業界は「5社協定」なる規則を作り、映画の俳優がテレビに出演するのを禁じた。テレビ業界は仕方ないので自前で作家や俳優を育成したそうだ。

この歴史からの教訓として、テレビ業界がネット配信に拒否反応を示すのは自然な行為といえる。またネット配信業者が自前で作るのも歴史的に見れば自然なのかも知れない。そもそも民放のコンテンツは視聴率さえとれればいいので、真剣な内容よりも何かをしながら見たり人と話しながら気軽に見れるバラエティ番組が主体になっている。なのでネット配信業者は既存のテレビのコンテンツに執着せず見切りをつけた方がいいと思う。任天堂の岩田社長ではないが、マーケットシェアを増やすのではなくマーケットを作る、つまり今あまりテレビを見ていない人に訴求するコンテンツ作りをするのが、ネット配信の行くべき道だと思う。そしてネット配信業者はテレビ業界みたいに垂直統合せずにコンテンツ市場を育ててもらいたいと思う。

かくいう私は55インチのリアプロで地デジのハイビジョン放送を堪能していたりするのだが、それでも私はネット配信にすべきだと思う。それは放送ではどんなにがんばってもオンデマンド配信できないからだ。想像してみて欲しい。月9のドラマを録画してみる人が人口の5%いたとしたら、その月9のドラマを録画するHDDレコーダーは、ざっと600万台である。1TBのHDDを積んだりした600万台のHDDレコーダーが日本中で月曜日の9時にうぃーんと録画するわけである。なんだかとても非生産的なことをしている気がしませんか?それにいくらキーワード録画やインターネット録画が出来るとは言え、録画しないと絶対に見れないというのは決定的な欠点だ。私がブログを通じて勝手に尊敬している中嶋氏もブログのエントリー「アップルにして欲しい次の革命」で地デジにはっきりと反対している。

日本でも本格的な「地上波デジタル」へのシフトが始まっているが、これが大変な税金の無駄遣いだということをおおっぴらに指摘する人は少ない。光ファイバーがここまで普及した今、電波で映像を送るのは離島などの僻地だけにしておき、人口密集地域には光ファイバーで送るほうがはるかに経済的でサービスとしても良いものが提供できることは明白である。そんな時代に、莫大な税金を費やして日本中の中継アンテナを立て替えるほど馬鹿らしい話はない。

デジタル放送へのシフトが100%終わる2011年には、「面白い番組は光ファイバーを通したビデオ・オンデマンド・サービスでしか見られない」時代になっている可能性は十分に高い(それが証拠に、来年以降の主要なスポーツの放送権を買っているのは既存の放送局ではなく、ソフトバンクやインデックスといったインターネット・コンテンツ企業である)。その時になって、「あの地デジのために費やした税金はいったい何だったのか」と騒ぎ出してももう遅いのである。(Life is beautiful 「アップルにして欲しい次の革命」より)

この本、専門書としてさまざまな角度からの分析も面白いが一番面白かったのは、実は執筆陣による最後の章の座談会である。筆者の一人の林氏が梅田望夫さんに対談を申し込んだらあっさり断られたので、逆に興味を持って「ウェブ進化論」を読んでみたら、「もう私は年長者に説教するのはやめた」と書いてあるのを見つけて納得したところなど思わず笑ってしまった。

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