今日、パソコンを買ったばかりの友達の無線ルーターのセットアップをしたのだが今更ながら初めてWindows Vista触りました。感想としては、
といったあたりか。「Windows Vistaを好きになれない理由」を読んでどんなもんか疑問に思っていましたが、おおよそは分かりました。新規出荷分はほぼ全部Vistaになっているのでうち慣れるでしょうし、慣れればまあ普通に使えるかと思います。
鉄道マニアは、三脚を使って電車を撮影したり、「キハ」などとついている型番(?)に異常に詳しいとかそんな程度の認識しかなかったが、鉄道マニアにもいろいろあるようだ。中には鉄道にのってなんぼというカテゴリーもあるらしい。
最近読んで素朴に面白かった「鉄子の旅」は、普通の女子の漫画家の菊池直恵氏が鉄道マニアの横見浩彦氏 と一緒にひたすら電車に乗りまくる漫画だ。新幹線を使わずに鈍行と夜行を乗り継いで九州にいったり、大回りと称して160円で関東1都6県を旅したり(合法らしい)、潰れそうなローカル線のこれまたつぶれそうな駅にいって感慨にひたったり、レールクィーンと称して読者の女性を巻き込んでみたりなんとも楽しそうだ。
一番印象に残ったのは、鉄道マニアの横見氏が「この駅はすばらしい」と感慨に浸って漫画家の菊池氏が「わかんないなー」と理解を示さなかったときに言った「この駅は明治時代からあって、戦争で戦場に行く兵士を見送ったり、田舎から都会に出て行く人を見送ったり、はたまた戦場や都会から帰ってきた人を出迎えたり、この町の歴史をすべて見てきたんだ。そしてその駅が今もここにあり見ることが出来る。すばらしいとは思わないのか!」 という意味のことをせつせつと語る部分。うろ覚えで細かい内容は覚えていないが確かに地方の駅にはなんともいえない趣があると思う。
鈍行電車の旅って妙にノスタルジーがあるが、この漫画は人里離れた田舎に鈍行電車で行ってみたくなるそんな漫画です。
渡辺千賀さんのブログのエントリー右脳・左脳判定テストより
こちらのサイトのアニメーションです。
右回りに見えたら右脳派、左回りだと左脳派。ページには、「ほとんどの人は左回りに見えると思いますが」と書いてあってびっくり。どう見ても右回りに見えるが。私の女性のお友達たちもみな、
「右回りにしかみえない」
と言っています。
私は、がんばると左回りに見ることも可能ではあります。どうですか?
私は最初左回りに見えていたので 、「ふむふむ左脳派は」と横の説明を読んでいたら急に右回りに見えてきた。かと思ってみていたらまた逆に回りだしたり。最初はこのアニメーションは一定期間で回転方向が変わっているというオチかと思っていたがそれも違うようだ。その証拠にずっと見ているうちにパチパチと瞬きを繰り返して逆転するコツをつかんだ。
どうやらこのアニメーション影なのがポイントのようだ。下の絵をよーく見ると蹴り上げている足が右足にも見えるし左足にも見える。そして右足に見える場合は左回りで、左足に見える場合は右回りだ。つまりこの影だけの情報だと右回り左回りのどちらにも見え、もっというとどちらに回っているか特定するのは無理といえる。
大好きな中嶋さんのブログのエントリー「言語学の研究をググってするというのはありなんだろうか?」より。
たったいまNHKで、「極め付け・幕開け」は誤っており、「極め付き・幕開き」の方が正しい言い方だという話をしていた。文化庁の調査によると、 「極め付き」は6割ぐらいの人が、「幕開き」は9割以上の人が間違った言い方をしているという。言葉なんて人間が決めるものなんだから、大半の人が使い始 めた段階で「そちらを正しい使い方」と認めてしまうべきだと私は思っているが、今日のテーマはそれではなく、この「文化庁の調査」とGoogleの検索結 果の比較。
Googleでそれぞれの言葉を検索して、見つかったページ数を調べる。
極め付け:極め付き=121,000:103,000 (54%が誤用)
幕開け:幕開き=1,880,000:56,100 (97%が誤用)文化庁の調査結果ととても近い。こうなってくると、言語学を選考している学生が、Googleで調査したデータに基づいて卒論を書くというのは十分有りのような気がするがどうなんだろう。
Googleで調査した結果を卒論を書いてよいかという議論よりも気になったのが、驚いたのは「幕開け」って言い方を初めて聞いたことと「幕開け」が97%も使われていること。間違いかと思い、自分でも検索してみたがやはり正しいようだ。うーん。
私個人は少数派&正解派で「幕開き」の方が正しい気がするが、97%が「幕開け」が正しいと思っているならそれはもう日本語として正しいのではないだろうか?と思う。言語が変化していないのであれば古代から日本語は変化していないはずだ。
ちなみに「 極め付け」と「極め付き」では「極め付け」が正しいように思うが、正しくは「極め付き」なんですね。
前回書いたように今このサーバーが動いているVMwareのDebianをXenに移植しようとしたものの、いろいろ試してみたが結局できなかった。経緯は以下のとおり
残念ながらdomain-0とdomain-uで別のディストリビューションをシームレスに動かすのはまだまだ厳しいようだ。とはいえ、domain-uがFedoraの場合は付属のツールで簡単にインストールできるし問題なく動く。
というわけで、domain-0もDebianにすればいいのだが、チップセットが最新すぎて動かず。今回の教訓としては以下のとおり。
2,3ヶ月したらまた挑戦してみます。
直前のエントリーでkernelを2.4から2.6に上げた話を書いたが、ライブラリの不整合で自分でコンパイルして入れたDNSサーバーのdjbdnsが動かなくなっているのに気付かず。おかげで週末からずっと外からsaitoudaitoku.comの名前が引けなくなってた。とほほ…。
さて以前書いたようにXenで遊んでみたいという理由だけで発作的にCore 2 Duoを買ったわけだが、ひととおりXenで遊んだあとは電源も入れてない始末である。一方、CelronMで動いているサーバーの電力をさらに削減するためにクロックの動的調整が可能なPentium Mと換装したために、家のメインマシンはCeleron M 1.2GHzというとてもコンピューターお○くが使うスペックではなくなってしまった。ここまで遅いCPUを使うともっさり気味になってきてニコニコ動画を再生するのにも常に全力投球の真剣勝負が常に要求される。
ちなみに家にあるパソコンを性能の高い順にならべてみると、
となるが、1,2,3はいずれも目的があって買ったもののめったに使っていない。
すいません、話が脱線してしまいました。話を戻すとせっかく大枚はたいて買ったんだから働けCore 2 Duよ!と思ったわけである。用途はずばり自宅サーバーの後継機としてである。今の自宅サーバーはベースにVine 3.1でその上でVMware Serverで仮想化したDebian 3が動いている。ベースのVine 3.1はファイルサーバーおよびVMware Serverなどインフラ担当で、上に載っているDebian 3がWebサーバーやメールサーバーなどサーバーアプリを動かすのに使っている。
で、思いついた新しい構成は、ベースにXen + Fedora 7(Domain 0)でインフラ担当、上には既存のDebianをそのまま移植してDomain-Uで動かすというものである。ベースがFedora 7なのは調子にのって最新のチップセットを積んだマザーを買ってしまったため動くディストリビューションが他にないからである。いうなればFedora 7専用PCである。そしてXenで動かすDebianはパフォーマンスのよい準仮想化にしたい。理由は単純で完全仮想化ならばなにもXenでなくVMware Serverでいいじゃんと思ったから。
さて準仮想化で動かすためにはKernel 2.6が必須なので、今のDebianを2.4ベースの3(Sarge)から2.6ベースの4(Woody)に上げる必要がある。ここの情報を見ながら慎重に作業をしてたが、よく見たらsources.listのターゲットがstableになっていたのですでに4に更新されていた。stableは仮想的なバージョンでstableが指している内容がsarge→etchになったタイミングで自動的に更新されたのだろう。ただしKernel2.4→Kernel2.6は手動なので、
$ sudo aptitude install linux-image-2.6-686
と打ってリブートが必要。次は、VMwareのディスクイメージをXenに持っていくためにファイルに書き出す必要がある。すぐに思いつく方法は、「ルートパーティションのvmdkファイルをコピーしてから、そのコピーを見えるようにして起動したVMware上のカーネルからddなどでNFSサーバー上に吐き出す」という方法だが、根気よく調べてみるとqemu付属のqemu-img.exeを使ってvmdkファイルをrawフォーマットで出力できることを発見。こいつを使ってrawフォーマットに変換したディスクイメージをFedora上にコピー。
さて地獄はここからだった。(続く)